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腸内細菌と健康

2026.07.16

腸内細菌は「もうひとつの臓器」だった。うんちの中で作られる物質が体を守るしくみ

あなたのお腹の中には、想像を超える数の生き物が住んでいます。

その数、なんと100兆個。
種類にして1,000種類。

これはヒトの体を作っている細胞の数(およそ37兆個)よりも、はるかに多い数です。

慶應義塾大学の研究者らは、この腸内細菌の集まりを「もうひとつの臓器」と呼んでいます。
今回は、2014年に発表されたこの研究解説をもとに、腸内細菌がどうやって私たちの体を守っているのかを紹介します。

専門的な内容ですが、できるだけ身近なたとえ話を交えて、かみ砕いてお伝えします。

腸内細菌は、ただそこにいるだけじゃない

腸内細菌というと、「体の中に住んでいる」というイメージだけを持っている人が多いかもしれません。

でも実際は違います。
腸内細菌は、私たちが食べたものを分解しながら、体に働きかける「物質」を絶えず作り出しているのです。

たとえるなら、腸内細菌は体の中にある小さな工場です。
原料(食べ物)を受け取り、加工して、体にとって意味のある製品(物質)を送り出しています。

この工場から送り出される製品の一つが、「短鎖脂肪酸」と呼ばれる物質です。
これが今回の記事の主役です。

食物繊維が「酪酸」に変わり、免疫のブレーキ役を育てる

まず紹介したいのが「酪酸」という物質です。

野菜や穀物に含まれる食物繊維。
これは人間の消化酵素では分解できません。

しかし、クロストリジウムという腸内細菌の仲間は、この食物繊維を発酵させて「酪酸」を作ることができます。

この酪酸には、驚きの力があります。
大腸の壁にある、まだ役割の決まっていない若いT細胞に働きかけ、「Treg(制御性T細胞)」という、免疫の暴走にブレーキをかける専門部隊に育て上げるのです。

たとえるなら、酪酸は新入社員研修の講師のような存在です。
右も左も分からない新人(未熟なT細胞)に、「あなたの仕事は、周りが暴走しないよう見張ることです」と教え込んでいるようなものです。

しかもこの酪酸、ただの栄養源として使われているわけではありません。
細胞の中に入り込み、遺伝子のスイッチをオン・オフする仕組み(エピジェネティクスと呼ばれる仕組み)そのものに直接働きかけていることが分かっています。

実際にネズミの実験では、酪酸を多く作らせるようにした餌を与えると、大腸のTregが増え、大腸炎の症状が軽くなることが確認されました。
食物繊維をしっかり摂ることが、腸を通じて免疫のブレーキ役を育てることにつながっている。
これはとても腑に落ちる発見ではないでしょうか。

ビフィズス菌が作る「酢酸」が、腸の壁を守るバリアになる

次に紹介するのは「酢酸」です。

酢酸を作るのは、おなじみのビフィズス菌です。
ただしここで、意外な事実が明らかになっています。

同じビフィズス菌でも、「糖を運ぶ道具(トランスポーター)」をたくさん持っている菌と、そうでない菌がいるのです。

糖を運ぶ道具を多く持つビフィズス菌は、大腸の奥深くにわずかに残っている糖質まで使い切ることができます。
その結果、たっぷりと酢酸を作ることができ、腸の壁(バリア機能)をしっかり強化できます。

このバリアがしっかりしていると、O157のような恐ろしい病原性大腸菌が腸の壁を突破できず、感染を防ぐことができます。

ところが、糖を運ぶ道具をあまり持たないビフィズス菌の場合は話が変わります。
十分な酢酸を作れず、バリアが弱いままになってしまいます。
そこにO157が感染すると、腸の壁が壊され、O157が持つ「シガ毒素」が血液の中に入り込んでしまい、命に関わる事態につながることが分かっています。

同じビフィズス菌という”門番”でも、体力(酢酸を作る力)の差で、守れるか守れないかが分かれてしまう。
このお話は、単に「ビフィズス菌がいれば安心」という単純な話ではないことを教えてくれます。

短鎖脂肪酸は、体にとっての万能薬なのか

酪酸、酢酸のほかにも、「プロピオン酸」という短鎖脂肪酸があります。

プロピオン酸は、胸腺という臓器で作られるTregの働きを助け、腸の粘膜でTregが長くとどまれるようにする効果が報告されています。
また酢酸には、炎症の火消し役である好中球の”寿命”をコントロールし、炎症を鎮める働きもあることが分かっています。

まとめると、腸内細菌が作る短鎖脂肪酸には、次のような働きがあるということです。

  • 免疫のブレーキ役(Treg)を育てる
  • 腸の壁を強くして、病原菌の侵入を防ぐ
  • 炎症を鎮める

まさに、体を守るための”縁の下の力持ち”のような存在です。

ただし、腸内細菌が作る物質は「諸刃の剣」でもある

ここまで聞くと、「腸内細菌が作る物質は体に良いことばかり」だと思うかもしれません。
しかし、話はそう単純ではありません。

たとえば「乳酸」。
これは絶食した後に再びごはんを食べたとき、大腸の細胞を必要以上に増やしてしまう引き金になることが分かっています。
実験では、この過剰な増殖が、大腸がんの前段階となる変化を増やすことも確認されました。

また、腸内細菌のバランスが崩れると、「二次胆汁酸」と呼ばれる物質(デオキシコール酸など)が作られます。
これが体に再吸収されると、肝臓の細胞を老化させ、炎症を引き起こす物質の分泌を促し、最終的には肥満に伴う肝臓がんの引き金になることが報告されています。

さらに驚くべきことに、自閉症との関連も指摘されています。
腸内細菌のバランスが崩れて腸の壁が弱くなると、「4-エチルフェニル硫酸」という尿の毒素のような物質が血液の中に漏れ出し、それが自閉症のような症状を引き起こす可能性が、ネズミの実験で示されているのです。

興味深いことに、腸のバリア機能を整えるプロバイオティクスを与えると、この物質の血中濃度が下がり、症状も和らいだと報告されています。
つまり、腸内環境を整えることが、思いがけない体の不調の改善にもつながる可能性があるということです。

まとめ:腸内細菌という「もうひとつの臓器」を整えるということ

この研究が教えてくれることを、簡単にまとめます。

  • 腸内細菌は、ただ住んでいるだけでなく、体に働きかける「物質」を日々作り出している
  • 食物繊維から作られる酪酸は、免疫のブレーキ役(Treg)を育てる
  • ビフィズス菌が作る酢酸は、腸の壁を守り、病原菌の侵入を防ぐ
  • 一方で、腸内細菌のバランスが崩れると、がんや自閉症様症状に関わる物質が作られてしまうこともある
  • だからこそ、単一の菌に頼るのではなく、多様な菌がバランスよく働ける腸内環境を整えることが大切

腸内細菌は、まさに「もうひとつの臓器」です。
そして、その臓器の調子を左右しているのは、日々の食事であり、腸内フローラのバランスです。

これはヒトに限った話ではありません。
無投薬での飼育を目指す養豚の現場や、腸内環境の良し悪しが直接パフォーマンスに関わるJRA出走馬の管理でも、「多様な菌が共生する腸を育てる」という考え方は、これからますます重要になっていくはずです。


出典:福田真嗣「もう一つの臓器―腸内細菌叢の機能に迫る」化学と生物 Vol.52, No.9, 2014, p.565-567