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腸内細菌と健康

2026.07.17

からだの中に100兆匹の同居人がいた。腸内細菌叢の基礎を知ろう

あなたの体を作っている細胞の数は、およそ60兆個です。

でも、あなたの体の中には、それよりもずっと多い「自分ではない細胞」が住んでいます。
その数、およそ100兆個。
重さにすると1〜2kgにもなります。

これは、あなたの体の中に、あなた自身よりも多くの”同居人”がいるということです。

今回は、東京大学の研究者による解説をもとに、腸内細菌叢(腸内フローラ)の基礎をやさしく紹介します。
専門的な内容ですが、身近なたとえ話をまじえて、できるだけかみ砕いてお伝えします。

腸の中は、場所によって”人口密度”がまるで違う

腸内細菌というと、腸の中に均等に広がっているイメージを持つ人が多いかもしれません。
しかし実際は、消化管のどこにいるかによって、住んでいる細菌の数がまったく違います。

口の中には、意外にもたくさんの細菌がいます。
唾液1mlあたり、1億個以上の細菌が検出されるほどです。

ところが胃に入ると、様子が一変します。
胃は強い酸性の環境なので、細菌はほとんど生き残れません。
空腹時にはほんのわずかしか細菌がいなくなります。

十二指腸から小腸の上のあたりも、まだ細菌は少なめです。
しかし、小腸の下のほうに近づくにつれて、細菌の数はぐんぐん増えていきます。

そして大腸にたどり着くと、状況は一気に変わります。
1gあたり1,000億個以上という、けた違いの数の細菌がひしめき合っているのです。

たとえるなら、消化管は口という「静かな下町」から始まり、胃という「誰も住めない砂漠地帯」を通り抜け、大腸という「超過密都市」にたどり着く、一本の道のようなものです。
腸内細菌の主戦場は、まぎれもなく大腸なのです。

赤ちゃんのお腹の中では、細菌の”入れ替わり劇”が起きている

腸内細菌の顔ぶれは、一生を通じて大きく移り変わっていきます。

赤ちゃんは、お母さんのお腹の中にいるあいだは基本的に無菌の状態で過ごしています。
生まれて最初に出るうんち(胎便)にも、細菌はまだ含まれていません。

しかし、生まれた瞬間から状況は一変します。
生まれて数時間のうちに、まず大腸菌や腸球菌といった、酸素があってもなくても平気な細菌が腸に住み着き始めます。

そして生後3日目ごろ、大きな主役交代が起こります。
酸素を嫌う「ビフィズス菌」が登場し、あっという間に数を増やしていくのです。
生後1週間ほどでビフィズス菌は腸内細菌の大半を占める最優勢の存在になり、離乳期までその地位を守り続けます。

たとえるなら、赤ちゃんの腸は、最初にやってきた”仮住まいの住人”(大腸菌など)から、あっという間に”本命の住人”(ビフィズス菌)へと主役が入れ替わる、小さな町のようなものです。

離乳期を迎えると、腸内細菌はさらに大人型へと近づいていきます。
ビフィズス菌はやや落ち着き、バクテロイデス属やクロストリジウム属といった、複数の菌が共存する構成に変化していきます。

そして年を重ねると、ビフィズス菌はさらに減少し、個体によっては検出されなくなることさえあります。
代わりに増えてくるのが、いわゆる「腸内腐敗」のもとになる菌です。
ビフィズス菌が優勢な状態をできるだけ長く保つことが、老化を防ぎ健康を維持するうえで大切だと考えられています。

家族だからといって、腸内細菌は似ていない

腸内細菌は、いったいどこからやってくるのでしょうか。

新生児は、産道を通るときにお母さんから細菌を受け継ぐと考えられています。
母乳を通じても、お母さんの菌を受け取ります。
自然分娩と帝王切開とでは、生まれた赤ちゃんの腸内細菌の顔ぶれが大きく違うことも分かっています。

ここで、とても意外な事実があります。
大規模な調査によると、たとえ同じ家に住み、同じような食事をしている親子やきょうだいであっても、腸内細菌の似ている度合いは、赤の他人とほとんど変わらなかったというのです。
一卵性双生児であっても、それぞれ個性的な腸内細菌の顔ぶれを持っていました。

たとえるなら、腸内細菌は、同じ学校やクラスの生徒のようなものです。
同じ校舎(体)で過ごしていても、一人ひとりの個性(菌の顔ぶれ)はまったく違う、ということです。

大人の腸内細菌叢は、指紋のように個性的で安定している

大人になってからの腸内細菌叢は、かなり安定しています。
時間がたっても、その人らしい菌の構成はおおむね保たれます。

同時に、人によってはっきりとした個性の違いもあります。
同じ人から繰り返し採取した便を調べると、その人らしい特徴でひとまとまりになりますが、別の人の便とは、はっきり違うグループになります。

食事の内容を完全にコントロールした研究でも、同じ食事を食べさせても、人による違いは埋まらなかったと報告されています。
腸内細菌の顔ぶれは、まるで指紋のように、その人だけの個性なのです。

何が腸内細菌のバランスを崩すのか

安定しているとはいえ、腸内細菌叢はさまざまな要因で乱れることがあります。

もっとも大きな影響を与えるのが、抗生物質です。
特に飲み薬の抗生物質は、腸内細菌の構成を大きく変えてしまいます。
正常な菌のバランスが崩れると、普段はおとなしくしている菌が異常に増えてしまい、腸炎などのリスクが高まることが知られています。

食事も、腸内細菌の顔ぶれを左右する大きな要因です。
和食を中心とした食生活と欧米型の食生活とでは、腸内細菌の構成が異なることが報告されています。

そのほか、胃酸や胆汁酸の分泌、腸の動き、免疫の状態、そしてストレスまでもが、腸内細菌のバランスに影響することが分かっています。

だからこそ、必要のない抗生物質の使用を避け、多様な菌が共生できる環境を保つことが大切なのです。
これはヒトに限った話ではありません。
できるだけ薬に頼らない、いわゆる無投薬での養豚や、腸内環境を重視したJRA出走馬のコンディション管理など、動物の飼育現場でも同じ考え方が広がりを見せています。

腸内細菌は、味方にも敵にもなる

腸内細菌が私たちに与える影響は、良いことばかりではありません。

腸内細菌は、ビタミンや短鎖脂肪酸といった、私たちの体に必要な物質を作り出してくれます。
一方で、腸内の腐敗産物や、体に悪影響を与えうる二次胆汁酸のような物質も作り出します。

たとえるなら、腸内細菌は、体という会社で働く大勢の社員のようなものです。
優秀な働きをする社員もいれば、放っておくと問題を起こす社員もいる。
だからこそ、全体としてバランスよく管理することが欠かせないのです。

さらに興味深いのは、免疫システムとの関係です。
体の免疫細胞のおよそ7割は、腸に集まっているといわれています。
腸内細菌は、この巨大な免疫システムのすぐそばで日々暮らしながら、免疫の発達や調節に深く関わっているのです。

太りやすさにも、腸内細菌が関わっていた

近年、特に注目されているのが、肥満との関係です。

肥満の人とそうでない人の一卵性双生児を比較した研究では、肥満の人の方が腸内細菌の多様性が少ない傾向が見られました。
また、肥満の人では「Firmicutes門」と呼ばれるグループの菌の割合が増え、代わりに「Bacteroidetes門」の割合が減る傾向も報告されています。

さらに興味深いことに、無菌のマウスと通常のマウスを比較した実験があります。
同じ量のエサを食べても、腸内細菌を持つ通常のマウスの方が、体脂肪の量が多くなっていたのです。

これは、食べ過ぎだけが肥満の原因ではなく、腸内細菌そのものが、太りやすさに直接関わっている可能性を示す、驚きの発見です。

まとめ:腸内細菌は、生涯を通じて付き合っていく”同居人”

この解説記事が教えてくれることを、簡単にまとめます。

  • 腸内細菌は、口から大腸まで、場所によって数も種類もまったく違う
  • 赤ちゃんの腸内細菌は、生まれてから劇的に移り変わり、一生を通じて変化し続ける
  • 家族であっても、腸内細菌の顔ぶれはそれぞれ個性的
  • 抗生物質や食事、ストレスなどが腸内細菌のバランスを崩す要因になる
  • 腸内細菌は体に必要な物質も、悪影響を与えうる物質も作り出す、諸刃の剣
  • 肥満のような身近な悩みにも、腸内細菌が関わっている可能性がある

腸内細菌叢は、生まれた瞬間から始まり、生涯を通じて付き合っていく”同居人”です。
プロバイオティクスのような有用菌を取り入れる「腸活」も、こうした腸内細菌との付き合い方を、より良いものにするための工夫のひとつだといえるでしょう。

米ぬかのような発酵素材を活用したシンバイオティクス的なアプローチが、ヒトだけでなく養豚や酪農、競走馬の世界でも注目されている背景には、こうした地道な基礎研究の積み重ねがあるのです。


出典:平山和宏「腸内細菌叢の基礎」モダンメディア 60巻10号 2014[腸内細菌叢], p.307-313