なぜ「何を食べるか」で腸内細菌は変わるのか?
腸活、菌活、発酵食品ブーム——ここ数年、腸内細菌への関心はかつてないほど高まっています。
しかし「結局、何を食べれば腸内細菌が喜ぶのか」を体系的に理解している人は意外と少ないのではないでしょうか。
国立感染症研究所の研究者による総説「腸内細菌叢の安定と変動に関与する食物成分」(1998年・1999年、前後編)は、脂肪、たんぱく質、糖質、そして食べる量そのものが、腸内細菌にどう影響するかを豊富な動物実験データとともに整理した論文です。
今回はこの前後編をまとめて、腸内細菌と食べ物の関係を分かりやすく紐解いていきます。
赤ちゃんの腸内細菌叢は、生まれた瞬間からのスタートライン
胎児のお腹の中は基本的に無菌状態です。
人は生まれた瞬間に周囲の環境の細菌にさらされることで、初めて腸内細菌叢の形成が始まります。
生まれてすぐの便からは大腸菌や腸球菌などの「酸素があっても平気な菌」がまず優勢になり、その後2〜3日のうちにビフィズス菌が急速に増えて優勢な地位を占めるようになります。
ここで栄養方法による違いがはっきり現れます。母乳で育った赤ちゃんはビフィズス菌の定着がとりわけ早く強い一方、人工乳で育った赤ちゃんは大腸菌や腸球菌の数がやや多く残る傾向があります。
この違いには、母乳に含まれる乳糖やオリゴ糖、あるいは免疫に関わるさまざまな成分が関係していると考えられています。

離乳が進み、ミルク以外の食事が本格化すると、腸内細菌叢はさらに大きく様変わりします。
生後10か月頃になると、それまで優勢だったビフィズス菌に代わって、バクテロイデス属という別のグループの菌が最も優勢になってきます。
とはいえ、成人と同じ腸内細菌叢が完成するのは早くても5〜6年後。腸内細菌叢は、私たちが思う以上にゆっくりと時間をかけて「完成」していくのです。
和食か洋食か、腸内細菌はちゃんと見ている
大人になってからも、食事のスタイルによって腸内細菌の顔ぶれは変わり続けます。
高たんぱく・高脂肪の欧米型の食事と、高炭水化物中心の日本型の食事を比べた複数の研究では、興味深い対照が見られました。
欧米型の食事ではバクテロイデス属が増える一方、日本型の食事では、ペプトストレプトコッカス属やユーバクテリウム属といった別の菌群が増えるという、逆向きの反応が確認されています。またベジタリアンや乳製品中心の食生活を送る人では、乳酸菌の一種であるラクトバチルス属が多くなる傾向も報告されています。
食習慣という大きな枠組みそのものが、腸の中の”住民構成”を左右しているというわけです。
脂肪は「質」と「量」の両方が効いてくる
脂肪についても、種類や量によって腸内細菌への影響は様々です。
マウスにコーン油、イワシ油(魚油)、中鎖脂肪酸からなる油を与えて比較した実験では、イワシ油を与えたグループで腸球菌や大腸菌が目立って増加する一方、中鎖脂肪酸の油を与えたグループではビフィズス菌が顕著に減少するという結果が出ました。
カプリル酸やカプロン酸といった中鎖脂肪酸には、もともとビフィズス菌への感受性の高さが知られており、これが影響していると考えられます。
また、脂肪の摂取量そのものも重要な要因です。
高脂肪の食事はヒトでもバクテロイデス属を増やし、ユーバクテリウム属や腸球菌を減らすことが指摘されています。
ラットの実験でも、コーン油を5%含む飼料と15%含む飼料を比べると、15%群でビフィズス菌がより顕著に増加するという結果が示されており、脂肪の量そのものが腸内細菌の構成に影響を与えることが分かります。
たんぱく質も「質」で効果が変わる
たんぱく質についても同様の”質による違い”が見られます。
カゼイン(牛乳由来)、卵白、ゼラチン、食肉粉末をそれぞれ与えたマウスの実験では、ゼラチン群と食肉粉末群でビフィズス菌が顕著に少なくなりました。
ただしゼラチンに不足しているトリプトファンという必須アミノ酸を補うと、様子が変わり、バクテロイデス属が顕著に増加する反応が見られました。
たんぱく質の”完全さ”、つまりアミノ酸のバランスが、腸内細菌の反応を左右する一因になっているようです。
大豆たんぱく質を与えた実験では、大腸菌やラクトバチルス属が増加し、ビフィズス菌も増加傾向を示した一方で、バクテロイデス属や腸球菌は減少しました。
動物性たんぱく質と植物性たんぱく質とでは、腸内細菌への働きかけ方が異なることがうかがえます。
さらに、たんぱく質を摂りすぎることの影響にも触れられています。
腸内細菌によるたんぱく質の分解やアミノ酸の発酵は、短鎖脂肪酸の生成に大きく影響することが分かっており、高たんぱく食では糞便中のアンモニアなどの量が増加することも報告されています。
食べ過ぎれば、それだけ腸内での”分解作業”の負荷も増えるということです。
糖質はビフィズス菌の強い味方
糖質の分野では、乳糖(ラクトース)やオリゴ糖がビフィズス菌を増やす代表選手として、繰り返し取り上げられています。
乳糖を摂取すると、ビフィズス菌やラクトバチルス属が増加し、逆にクロストリジウム属やバクテロイデス属は減少する傾向が一貫して見られました。
ガラクトオリゴ糖、フラクトオリゴ糖、大豆オリゴ糖など、さまざまなオリゴ糖についても、多くの研究でビフィズス菌の菌数あるいは占有率の増加が確認されています。
でんぷんや食物繊維についても、種類によって発酵のされ方が異なることが示されています。
例えばコーンでんぷんと米でんぷんを比較した実験では、米でんぷんの方が発酵されにくく、短鎖脂肪酸の生成パターンにも違いが見られました。
消化されにくい難消化性でんぷんは、便の量を増やし、大腸がん予防に関わるとされる酪酸の生成も促すことから、健康な腸を保つうえで重要な食物成分として位置づけられています。
意外な発見:「腹八分目」が腸内細菌を元気にする?
この総説の中でもとりわけ興味深いのが、食べる量そのものを制限した実験です。ラットの餌を20%、40%減らして与えたところ、減らした割合に応じて、ビフィズス菌、バクテロイデス属、ラクトバチルス属といった、いわゆる善玉菌が増加する傾向が見られました。
しかも、大腸菌や腸球菌のような菌が異常に増えることもなかったのです。

一方で、短鎖脂肪酸の濃度には変化があり、40%の食事制限をしたグループでは、酢酸の濃度はあまり変わらなかったものの、
プロピオン酸、酪酸、吉草酸の濃度は通常の食事量の場合と比べてそれぞれ76%、55%、50%程度まで下がっていました。「食べる量を減らす」という行為は、単にカロリーが減るだけでなく、腸内細菌の勢力図そのものを組み替えるだけの影響力を持っているのです。
ビタミンの摂取量についても類似した現象が確認されており、通常より少なめのビタミン量でもビフィズス菌などの善玉菌が良好に保たれる一方、ビタミンを完全に含まない極端な条件では、逆に異常な菌の増殖が見られたことも報告されています。
栄養は「多ければ良い」という単純な話ではなく、腸内細菌にとっての適量が存在するようです。
まとめ:食べ物と腸内細菌は「ネットワーク」でできている
この総説を通して見えてくるのは、腸内細菌叢が単に「良い菌」と「悪い菌」に二分されるような単純な世界ではなく、食べ物という”入力”に応じてダイナミックに構成を変える、精巧なネットワークだということです。論文の著者は、食物成分をソフトウェア、腸内細菌のネットワークをハードウェアに例えています。同じ体の中にあっても、日々何を食べるかによって、そのつど違うプログラムが走っているようなものだと考えると分かりやすいかもしれません。
- 赤ちゃんの腸内細菌叢は、母乳か人工乳か、そして離乳の進み方によって時間をかけて形作られる
- 和食か洋食か、脂肪やたんぱく質の質と量、糖質の種類など、あらゆる食事要素が腸内細菌の勢力図に影響する
- 乳糖やオリゴ糖はビフィズス菌の強い味方
- 食べる量を適度に抑えることも、腸内細菌にとって良い影響を与えうる
「何を、どれだけ食べるか」という毎日の選択の積み重ねが、体の中の目に見えない生態系を静かに形作っている——そう考えると、次の食事の選び方が少し変わってくるかもしれません。
出典:森下芳行(1998)「腸内細菌叢の安定と変動に関与する食物成分(1)」腸内細菌学雑誌 12巻1号, p.1-12/森下芳行(1999)「腸内細菌叢の安定と変動に関与する食物成分(2)」腸内細菌学雑誌 12巻2号, p.57-72