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2026.07.10

豚肉の「あぶら」はどこで決まる? 部位と性別が生む脂肪の科学

焼肉やしゃぶしゃぶで豚バラを頬張ったとき、「このお肉、脂がしっかりしてて美味しいな」と感じたことはありませんか。

実はその”脂の質”、同じ1頭の豚の中でも部位によってまったく違い、さらにオスかメスか、去勢されているかどうかでも大きく変わることが、40年近く前の日本の研究ですでに明らかにされていました。

三重県農業技術センターが1986年に発表した「豚体各部位における体脂肪の脂肪酸組成」という研究論文をもとに、豚肉の脂の質を決める仕組みを分かりやすく解説します。

脂肪は「硬さ」で質が決まる

食用としての脂肪の良し悪しを語るとき、専門家が重視する指標のひとつが「融点(とろける温度)」です。融点が高い脂肪は常温でも硬く締まっており、
逆に融点が低い脂肪は柔らかく、いわゆる「軟脂(なんし)」と呼ばれる、しまりのない脂身になりやすいとされています。

この研究では、1頭の豚から次の7つの部位の脂肪を採取し、性質を比較しました。

  • 皮下外層脂肪(体の一番外側)
  • 皮下内層脂肪
  • 腎臓周囲脂肪(お腹の奥、内臓のまわり)
  • 筋間脂肪(ロース芯のまわりなど、赤身の間に入り込む脂)
  • 腹腔内脂肪
  • 腹部皮下脂肪(バラ肉のあたり)
  • 内股皮下脂肪

結果は明快でした。
体の外側にある皮下脂肪ほど融点が低く柔らかい一方、体の内部にある腎臓周囲脂肪が最も融点が高く硬いという、きれいなグラデーションが見られたのです。
皮下外層脂肪と腎臓周囲脂肪の融点差は、実に6〜10℃にも達しました。

これは感覚的にも納得できる話です。
体の表面に近い脂肪は外気温の影響を受けやすいため、低い温度でも柔らかさを保てるよう性質が変化し、
逆に体の奥にある脂肪は体温に近い環境で機能するため、より安定した(=硬い)性質を持つと考えられます。

オス・メス・去勢豚で脂の質が驚くほど違う

この研究のもうひとつの大きな発見は、性別による差です。豚の脂肪品質を比べると、次のようにはっきりとした序列がありました。

脂肪品質: 去勢豚 > 雌豚 > 無去勢の雄豚

去勢された豚の脂肪が最も硬くしまりがあり、去勢していないオス豚の脂肪が最も柔らかく、軟脂になりやすい傾向が示されたのです。
融点で見ると、部位によっては去勢豚と無去勢豚の差が4〜5℃にも及びました。

なぜこのような差が生まれるのでしょうか。
脂肪酸組成を詳しく見ると、そのヒントが見えてきます。
脂肪を構成する脂肪酸には、常温で固まりやすい「飽和脂肪酸」(ステアリン酸など)と、液体になりやすい「不飽和脂肪酸」(リノール酸など)があります。
去勢豚は飽和脂肪酸の割合が高く、無去勢豚は不飽和脂肪酸の割合が高いという結果が出ており、これが硬さの違いをそのまま説明しています。

つまり、ホルモンバランスの違いが体内での脂肪酸の作られ方に影響し、それが脂身の食感や口どけの違いとして現れているというわけです。
養豚の現場で去勢がひとつの手段として行われてきた背景には、こうした肉質面での理由もあったことが分かります。

「リノール酸÷ステアリン酸」という質のモノサシ

研究では、不飽和脂肪酸の代表格であるリノール酸(C18:2)と、飽和脂肪酸の代表格であるステアリン酸(C18:0)の比率が、融点や食感の評価と強い相関を示すことも分かりました。この比率が小さいほど脂肪は硬く、質が高いと評価される傾向があったのです。

面白いのは、この比率と体表面からの位置関係が、脂肪の”性格”をきれいに説明してくれる点です。バラ肉あたりの腹部皮下脂肪や内股の皮下脂肪は、外側の皮下脂肪に近い性質を持ち、ロース芯まわりの筋間脂肪は、内側の皮下脂肪と腎臓周囲脂肪のちょうど中間的な性質を持つという結果でした。スーパーで見る部位ごとの脂身の”締まり方”の違いには、こうした裏付けがあったのですね。

エサを変えても、質の底上げは部位を問わず平等だった

もうひとつ興味深いのは、餌の内容を変えて脂肪の質を改善しようとした実験です。
とうもろこし主体の飼料から、大麦やカポック油粕を配合した飼料に切り替えたところ、どの部位の脂肪も同じくらいの割合で質が改善しました。
つまり、餌による脂肪の質の底上げ効果は、体のどこか特定の部位にだけ効くのではなく、全身にまんべんなく及ぶということです。

これは生産現場にとって実用的な示唆になります。
特定の希少部位だけを狙って質を上げることはできず、豚全体の飼育管理が脂の質全体を左右するということだからです。

まとめ:一頭の豚の中に、脂の”地図”がある

この研究が教えてくれるのは、「豚肉の脂身」とひとくくりに語ってしまいがちなものが、実は体の中に緻密な”質のグラデーション”を持っているという事実です。

  • 体の外側の脂肪ほど柔らかく、内側ほど硬い
  • 去勢豚の脂肪が最も締まりがよく、無去勢のオス豚は柔らかくなりやすい
  • 硬さの正体は、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の比率
  • 餌による質の改善効果は、部位を問わず平等に現れる

次にお肉屋さんや精肉売り場でバラ肉やロースを選ぶとき、脂身のきめや締まり方をちょっと観察してみると、こうした科学的背景が透けて見えてくるかもしれません。

出典:和田健一・伊藤均(1986)「豚体各部位における体脂肪の脂肪酸組成」三重県農業技術センター研究報告 第14号, p.79-87