腸にも「老化」がある。ビフィズス菌が減ると何が起きるのか
古代ギリシャの医者ヒポクラテスは、こんな言葉を残しています。
「死は腸に宿る」「消化の乱れは、あらゆる不調のもとである」
腸の健康が体全体を左右するという考え方は、実は2000年以上前からあったのです。
さらに時代が進み、20世紀初めには、ロシアのノーベル賞学者メチニコフが、ある学説を唱えました。 「腸内細菌が作る腐敗物質こそが老化の原因であり、それを防げれば不老長寿も夢ではない」という説です。 彼は、長寿の人が多いブルガリアを旅したときの経験から、ヨーグルトに含まれる乳酸菌が長生きの秘訣だと考えました。 これが、今の「プロバイオティクス」という考え方の原点になっています。
今回は、滋賀医科大学の研究者による解説をもとに、腸内細菌の基本的なしくみと、”腸の老化”について紹介します。
消化管には、場所ごとに”住民”が違う
腸内細菌といっても、消化管のどこでも同じ顔ぶれが暮らしているわけではありません。
胃には胃酸という強力な”門番”がいるため、細菌の数は1gあたりわずか10個ほどまで減ります。 生き残るのは、乳酸桿菌やヘリコバクターなど、ごく一部の頑丈な菌だけです。

十二指腸や空腸になると、少しずつ住民が増えていきます。 バチルス属やレンサ球菌、乳酸桿菌などが見られるようになります。
そして、回腸から大腸にかけて、状況は一変します。 細菌の数は爆発的に増え、大腸では1gあたり1,000億〜1兆個という、けた違いの数になります。 ここで主役になるのが、ラクノスピラ科やバクテロイデス門といった、酸素を嫌う菌たちです。
たとえるなら、消化管は「入り口に厳しい門番がいる城」のようなものです。 胃という門をくぐり抜けられた、ごく一部の菌だけが奥まで進むことができ、奥の広間(大腸)にたどり着いたときには、そこはすでに多種多様な住民でにぎわう大都市になっているのです。
同じ「善玉菌」でも、乳酸菌とビフィズス菌は”稼ぎ方”が違う
プロバイオティクスとしておなじみの、乳酸桿菌とビフィズス菌。 この2つは、どちらも「善玉菌」として知られていますが、実は仕事のやり方がまったく違います。
乳酸桿菌は、腸内の糖を分解して「乳酸」を作り出し、それをエネルギー源にして生きています。 一方ビフィズス菌は、少し違うルートを使ってブドウ糖を分解し、酢酸と乳酸を3対2の割合で作り出します。
さらに、住む場所にも違いがあります。 乳酸桿菌は、酸素があってもなくても平気なタイプなので、酸素が入り込みやすい上部の小腸でも元気に暮らせます。 一方ビフィズス菌は、酸素を嫌うタイプなので、酸素がほとんどない大腸でこそ本領を発揮します。
たとえるなら、乳酸桿菌とビフィズス菌は、同じ「営業職」でも得意な地域と営業スタイルがまったく違う2人の社員のようなものです。 どちらも成果(善玉菌としての働き)を出しますが、活躍する場所とやり方が異なるのです。
短鎖脂肪酸「三兄弟」、それぞれ別の仕事を持っていた
腸内細菌が食物繊維などを発酵させて作る「短鎖脂肪酸」。 代表的なものに、酢酸、プロピオン酸、酪酸の3種類があります。

この3つ、実はそれぞれ全く別の仕事を任されています。
酢酸は、脂肪を合成するための材料として使われます。 プロピオン酸は、肝臓で糖を作り出す(糖新生)ための材料として使われます。 そして酪酸は、大腸そのものの栄養源として使われながら、遺伝子のスイッチを調整するという、ちょっと変わった仕事もこなしています。
たとえるなら、この3兄弟は「同じ会社に勤める三兄弟」のようなものです。 見た目は似ていても、長男は資材調達係、次男は経理係、三男は人事係というように、まったく違う部署で働いているのです。
腸内細菌の”顔ぶれ”は、遺伝より環境で決まる
「腸内細菌の構成は、生まれつき決まっているのでは?」と思う人もいるかもしれません。 しかし研究によると、答えは「ノー」です。
一卵性双生児と二卵性双生児の腸内細菌を比較した研究では、遺伝的な要因の影響は、意外にも小さいことが分かりました。 それよりも影響が大きいのは、生まれた直後から離乳期にかけての環境です。
母親との接触による細菌の伝わり方、衛生環境、食事、そして抗生物質の使用。 これらの要因が、その人の腸内細菌の”コア”を形づくっていくのです。
生後1年以内に抗生物質を使うと、将来的に炎症性腸疾患のリスクが上がるという報告もあります。 腸内細菌叢がまだ落ち着いていない赤ちゃんの時期に、むやみに細菌のバランスを乱すことの影響がうかがえます。
腸にも、確かに「老化」がある
離乳期を過ぎると、腸内細菌の顔ぶれはいったん安定します。 しかし、中高年を過ぎるころから、再び変化が始まります。

その変化とは、ビフィズス菌の減少と、「ウェルシュ菌」という菌の増加です。 このウェルシュ菌は、腐敗菌の一種で、タンパク質を腐敗させて、アンモニアやアミン、フェノール、インドールといった有害物質を作り出します。
これらの有害物質の中には、発がん性を持つものも含まれています。 ほとんどは肝臓で分解されますが、肝臓の処理能力を超えてしまうと、体全体に影響を及ぼすことになります。
このビフィズス菌の減少とウェルシュ菌の増加こそが、まさに「腸の老化」と呼べる現象です。 たとえるなら、若い会社では真面目な社員(ビフィズス菌)が多数派なのに、時間がたつにつれて、サボりがちな社員(ウェルシュ菌)がじわじわと勢力を伸ばしてくるようなものです。 会社(腸)の雰囲気は、この2種類の社員のパワーバランスによって、大きく変わってしまうのです。
まとめ:腸内細菌は”見えない臓器”として、これからも注目される
この解説記事が教えてくれることを、簡単にまとめます。
- 消化管は場所によって住んでいる細菌がまったく違い、大腸で爆発的に細菌数が増える
- 乳酸桿菌とビフィズス菌は、同じ善玉菌でも代謝の仕組みや得意な場所が異なる
- 短鎖脂肪酸(酢酸・プロピオン酸・酪酸)は、それぞれ異なる役割を担っている
- 腸内細菌の顔ぶれは、遺伝よりも生後の環境によって大きく左右される
- 加齢とともにビフィズス菌が減り、ウェルシュ菌が増える「腸の老化」が起こる
ヒポクラテスやメチニコフが唱えた「腸が健康の鍵を握る」という考え方は、100年以上の時を経て、科学的な裏付けとともに、より確かなものになりつつあります。
これはヒトに限った話ではありません。 無投薬での飼育を目指す養豚・酪農の現場や、コンディション管理が重要なJRA出走馬の世界、そして愛犬・愛猫の健やかな加齢を願う飼い主にとっても、「腸を若く保つ」という視点は、これからますます大切になっていくはずです。 プロバイオティクスや、米ぬか発酵素材のようなシンバイオティクス的なアプローチが注目される背景には、こうした地道な基礎研究の積み重ねがあるのです。
出典:安藤朗「腸内細菌の種類と定着:その隠された臓器としての機能」日本内科学会雑誌 104巻1号, 2015年, p.29-34