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ペット健康情報コラム

2026.07.22

「猫は穀物を消化できない」は都市伝説だった。ペットフードの疑似科学を検証する

「うちの子は猫だから、肉食動物。だから穀物入りのフードは体に合わないはず」

そう思って、穀物を使っていないペットフードを選んでいる飼い主さんは多いかもしれません。 実はこの話、科学的なデータで見ると、かなり怪しい”都市伝説”だったのです。

今回は、ペットフードの原料について長年研究してきた専門家による解説をもとに、ペットフードにまつわる誤解と真実を紹介します。 専門的な内容ですが、たとえ話をまじえながら、できるだけやさしくお伝えします。

「肉食の猫はでんぷんが苦手」は、本当か

まず、多くの飼い主さんが信じている説から検証してみましょう。

アメリカの学術機関がまとめたペットフード原料のデータには、驚きの事実が記録されています。 トウモロコシ、オート麦、大麦、小麦、玄米。 これらの穀物を犬と猫にそれぞれ与えたときの「体内で使えるエネルギー量」を比べたところ、犬と猫でほとんど差がなかったのです。

たとえばトウモロコシの場合、犬が1gあたり4.09キロカロリー使えるのに対し、猫は4.07キロカロリー。 ほとんど誤差のようなレベルです。 他の穀物でも、同じように犬と猫の差はごくわずかでした。

たとえるなら、「猫は穀物が苦手」というイメージは、実際の実力差がほとんどないのに「あの人は文系だから数学は苦手なはず」と決めつけてしまうようなものです。 猫が肉食動物だから穀物のでんぷんを消化しにくいはず、という思い込みは、データの裏付けがなかったのです。

マグネシウムを減らせば解決、という”間違った処方箋”

ペットフードの世界には、こうした思い込みが引き起こした、もっと深刻な失敗談もあります。

1980年代から2000年代にかけて、猫の「ストルバイト尿石症」(おしっこに結晶ができてしまう病気)が多発した時期がありました。 そのとき広まった対策が、「フードのマグネシウムを減らせば良い」という考え方でした。

この対策のために、たんぱく源として、マグネシウムの含有量が特に少ない「コーングルテンミール」という原料が、大量に使われるようになりました。

しかし、これは的外れな処方箋だった可能性が高いのです。

当時、ストルバイト尿石症の主な原因として本当に疑われるべきだったのは、「肉粉・肉骨粉」という原料の使いすぎでした。 肉粉・肉骨粉は、骨に由来するコラーゲンが多く、メチオニンという含硫アミノ酸(硫黄を含むアミノ酸)が不足しがちな原料です。

このメチオニンが不足すると、おしっこが弱酸性に保たれにくくなり、アルカリ性に傾いてしまいます。 おしっこがアルカリ性に傾くと、ストルバイトの結晶ができやすくなってしまうのです。

つまり、本当の原因が「メチオニン不足」だったのに、見当違いの「マグネシウムのせい」という診断のもとで対策が進められていた可能性がある、ということです。 たとえるなら、頭痛の原因が肩こりなのに、頭痛薬ばかり飲んで、肩こりの治療をしていなかったようなものです。

その後、BSE(狂牛病)の影響で肉粉・肉骨粉の使用量が減り、代わりにメチオニンを多く含むチキンミールや大豆ミールが使われるようになったことで、結果的にストルバイト尿石症は減少していきました。

たんぱく質は「量」より「質」が命

ペットフードの原料には、いろいろな種類のたんぱく源が使われています。 チキンミール、肉粉・肉骨粉、魚粉、大豆ミール。 これらは同じ「たんぱく質」でも、体にとっての”使い勝手”がまったく違います。

ひよこを使った実験で、それぞれのたんぱく源の栄養価を比較した研究があります。 質の良い卵の粉末を基準の100点とすると、質の良い魚粉はなんと112点と、卵を上回る評価を得ました。 チキンミールと大豆ミールはそれぞれ97点と優秀な成績でしたが、肉粉・肉骨粉は60点と、大きく見劣りする結果になりました。

肉粉・肉骨粉のたんぱく質は、量こそ確保できても、骨由来のコラーゲンが多いため、体が必要とする必須アミノ酸のバランスが悪いのです。 たとえるなら、同じ「お金」でも、額面通りに使える現金と、使い道が限られる金券が違うようなものです。 たんぱく質は量の表示だけでなく、質のバランスがとても大切なのです。

面白いのは、大豆ミールとコーングルテンミールの組み合わせです。 大豆ミールは、メチオニンなどの含硫アミノ酸がやや不足気味ですが、リジンというアミノ酸は豊富です。 一方コーングルテンミールは、逆にリジンが少なく、含硫アミノ酸が豊富です。 この2つを組み合わせることで、互いの弱点を補い合い、栄養価がぐんと向上するのです。

チキンミールは「肝臓入り」の方が実は好まれる

原料の話には、意外な小ネタもあります。

チキンミールは、鶏や七面鳥の加工残渣(骨や内臓など)を加熱・乾燥・粉砕して作られる、ペットフードの主要なたんぱく源です。 足やとさかを使うことに抵抗を感じる飼い主さんもいますが、ペットたちは実はこうした部位を好んで食べます。

さらに面白いのは、肝臓が入っているチキンミールの方が、ペットの食いつきが良いという事実です。 日本国内で作られるチキンミールには、肝臓が焼き鳥などの食材として使われるため、あまり入っていません。 一方、海外製のものには肝臓が含まれていることが多く、それがペットの嗜好性の違いにつながっているようです。

添加物の”見えない部分”にも注意が必要

ペットフードの油脂は、酸化すると体に有害になります。 そのため、酸化を防ぐ目的で「エトキシキン」という添加物が使われることがあります。

実は、この添加物が使われる理由には、意外な事情もあります。 油を多く含む原料を大量に船で輸送する際、油が酸化する過程で発生する熱によって、火災が起きることがあるのです。 これを防ぐために、強い抗酸化力を持つエトキシキンが使われてきました。

しかし、エトキシキンには発がん性の懸念が指摘されており、人間の食品添加物としては認められていません。 それにもかかわらず、ペットフードの原材料表示では、このエトキシキンの表示が対象外になっているケースがあるのです。 つまり、パッケージを見ただけでは、それが使われているかどうか分からないことがあるということです。

これは飼い主にとって見過ごせないポイントです。 大豆ミールやDDGS(アルコール蒸留の副産物)のように、天然のビタミンEを含み、エトキシキンを使わずに済む原料を積極的に使っているフードを選ぶ、という視点も大切になってきます。

まとめ:ペットフード選びは、雰囲気ではなくデータで

この解説記事が教えてくれることを、簡単にまとめます。

  • 「肉食の猫は穀物が苦手」というイメージは、データ上はほとんど根拠がなかった
  • 過去のストルバイト尿石症対策(マグネシウム制限)は、的外れだった可能性がある。本当の原因はたんぱく質の質(メチオニン不足)にあったと考えられている
  • たんぱく質は量よりも質(アミノ酸バランス)が重要で、原料によって評価は大きく異なる
  • チキンミールに含まれる肝臓など、飼い主の感覚とペットの好みは必ずしも一致しない
  • エトキシキンのような添加物は、表示だけでは見抜けないことがある

「無添加」「グレインフリー」といった言葉の響きだけでフードを選ぶのではなく、原料そのものの科学的な性質を知ることが、大切なペットの健康を守る第一歩になります。 これは、プロバイオティクスを含む飼料や、無投薬での飼育を目指す養豚・酪農の現場、JRA出走馬のコンディション管理など、動物の食にまつわるあらゆる場面に共通する視点ではないでしょうか。


出典:本澤清治「ペットフード疑似科学を科学する(3)」畜産の研究 69巻1号, 2015年1月, p.52-56