あなたのお腹には100兆匹の相棒がいる。腸内細菌と「老い」のフシギな関係
お腹の中に、何がいると思いますか?
食べたごはん、消化液、そして——数千種類・100兆個以上の細菌です。
これは自分の全身の細胞の数よりも多いと言われるほどの数。 このたくさんの細菌たちの集まりを「腸内フローラ(腸内細菌叢)」と呼びます。
実はこの腸内フローラ、赤ちゃんのころから高齢になるまで、ずっと同じ顔ぶれではありません。 年齢とともに、少しずつメンバーが入れかわっていくのです。
今回は、慶應義塾大学の研究者らがまとめた総説「腸内フローラと老化」をもとに、腸内細菌と老化の関係をやさしく紹介します。
お腹の中の細菌たちは、実はサボっていない
「細菌」と聞くと、なんとなく悪いイメージを持つ人もいるかもしれません。 でも、お腹の中にいる細菌の多くは、私たちのために毎日はたらいてくれています。

- 食べたものを分解して、エネルギーのもとをつくる
- 免疫細胞を育てて、体を守る力を強くする
- 病原菌が入りこまないようにガードする
- ビタミンなど、体に必要な栄養をつくる
私たちは腸内細菌に「すみか」と「栄養」を提供する。 そのかわりに、腸内細菌は私たちの体のために働いてくれる。 これはまさに、持ちつ持たれつの「共生関係」です。
腸内フローラは一生のあいだ変わり続ける
腸内フローラは、生まれてからずっと同じではありません。 人生のステージごとに、大きく姿を変えていきます。

赤ちゃんのころ:ダイナミックに変化する時期
実は、生まれる前の赤ちゃんは無菌だと昔は考えられていました。 しかし最近の研究では、お母さんのお腹の中にいるときから、すでに菌の影響を受けている可能性が指摘されています。
生まれた直後は、酸素が少しでもある環境で生きられる菌が先に腸に住みつきます。 そのあと母乳やミルクを飲みはじめると、ビフィズス菌のなかまが優勢になっていきます。
母乳の中には、ビフィズス菌だけが選んで使える特別な糖分(オリゴ糖)が含まれています。 だから母乳で育った赤ちゃんは、ビフィズス菌が多い腸内フローラになりやすいのです。
1〜2歳ごろに離乳をむかえると、腸内フローラは2回目の大きな変化を起こします。 3歳ごろまでには、だんだん大人に近いタイプの腸内フローラへと移り変わっていきます。
大人になると:わりと安定してくる
食事の内容が定まってくる成人期になると、腸内フローラは比較的安定します。
ある研究では、37人の大人の腸内フローラを5年間にわたって調べました。 その結果、6〜7割ほどのメンバーは5年間ずっと変わらずキープされていたそうです。
とはいえ、感染症になったり、抗生物質を使ったり、大きく食事を変えたりすると、腸内フローラは変化することもあります。 ただし多くの場合、しばらくすると元の状態に戻ることも報告されています。
高齢になると:また変化がはじまる
年齢を重ねて高齢期に入ると、腸内フローラは再び変化していきます。 具体的には、菌の種類の多様さ(バラエティ度)が少しずつ下がっていくことが分かっています。

日本で行われた、0歳から104歳までの367人を対象にした大規模な研究では、次のようなことが確認されました。
- ビフィズス菌のなかまは、離乳のあと急激に減り、60歳を過ぎるとさらに減っていく
- 「プロテオバクテリア」という菌のグループは、赤ちゃんと高齢者で多くなる
- 70歳を過ぎると、多くの人が「高齢者タイプ」の腸内フローラになる
つまり腸内フローラの変化グラフを描くと、なんとなく赤ちゃんのころと高齢期は似た形になる、というのもおもしろいポイントです。
なぜ高齢になると腸内フローラが変わるのか
高齢になると腸内フローラが変わる理由は、ひとつではありません。 論文では、主に次の4つの要因が組み合わさっていると説明されています。
- 体の変化:味覚やきゅう覚の低下、歯や飲みこむ力の低下、消化機能の低下、活動量の低下など
- 食事内容の変化・低栄養:食べられるものが限られてくることによる栄養不足
- 生活環境:入院や介護施設への入所なども関係する
- 薬(とくに抗生物質):菌のバランスに影響を与えることがある
これらが組み合わさることで、高齢者は「免疫老化」と呼ばれる、体を守る力の低下も起こりやすくなります。 免疫老化は、体の中でじわじわと続く軽い炎症「インフラメイジング」も引き起こすと考えられています。
「フレイル」と腸内フローラのつながり
高齢者の健康を考えるうえで、最近よく聞かれる言葉に「フレイル」があります。 フレイルとは、加齢によって心と体の元気が少し弱ってしまった状態のことです。
体重が減った、疲れやすい、握力が弱くなった、歩くのが遅くなった、あまり動かなくなった。 この5つのうち3つ以上あてはまると、フレイルの可能性があると判断されます。
フレイルの興味深いところは、適切なケアによって、また元気な状態に「戻れる」可能性があるという点です。
ある研究では、178人の高齢者(64〜102歳)の腸内フローラを調べました。 その結果、施設で長期間くらしている人は、地域でくらしている人にくらべて、フレイルになりやすい菌の構成になっていることが分かりました。
一方、地域でふだんどおりにくらしている高齢者は、若く健康な人に近い、バラエティ豊かな腸内フローラを持っていました。 その理由として、果物や野菜、肉など、いろいろな種類の食事をとっていることが関係していると考えられています。
腸内フローラを味方につける、これからの医療
腸内フローラが体に大切だとわかってきたことで、それを活かした健康法や治療法にも注目が集まっています。
- プロバイオティクス:体によい働きをする生きた菌を、食品やサプリでとる方法
- プレバイオティクス:腸内のよい菌のエサになる成分をとる方法
- 糞便微生物移植(FMT):健康な人の便を移植して、腸内フローラを整える治療法
とくに糞便微生物移植は、くり返す腸の感染症(クロストリジウム・ディフィシル感染症)に対して、高い効果があることが報告されています。
さらに近年では、「長生きしている人(長寿者)の腸内フローラの方が、高齢者にとってより良い菌の見本になるのでは」という考え方も出てきています。 長寿者が持つビフィズス菌には、免疫の老化を改善する効果があるという動物実験の結果も報告されており、今後さらに研究が進むと期待されています。
まとめ:腸内フローラは、健康長寿のカギをにぎっているかもしれない
腸内フローラが老化そのものを引き起こしているのかどうかは、まだはっきりとは分かっていません。 しかし、年齢とともに変化した腸内フローラが、私たちの健康状態に何らかの影響を与えている可能性は十分に考えられます。
超高齢社会をむかえた日本にとって、腸内フローラの研究は、病気の治療だけでなく「健康なまま長生きする」ための大きなヒントになりそうです。
野菜や果物、いろいろな食材をバランスよく食べること。 これは、腸内フローラの多様性を守るための、今日からできる一番シンプルな方法なのかもしれません。
参考文献:新井万里,水野慎大,金井隆典(2016)「腸内フローラと老化」日本老年医学会雑誌 53巻4号,318-325