腸内細菌は「免疫の先生」だった。自己免疫の病気との意外な関係
花粉症、関節リウマチ、1型糖尿病。
原因がはっきり分からないまま増え続けている病気です。
実はこうした病気の裏に、お腹の中にいる「腸内細菌」が深く関わっていることが分かってきました。
「腸活」や「プロバイオティクス」というと、便通や消化のイメージが強いかもしれません。
しかし腸内細菌の本当の仕事は、それだけではありませんでした。
腸内細菌は、体じゅうの免疫システムを育てる「先生」でもあったのです。
今回は、アメリカ・アリゾナ大学の研究者がまとめた論文をもとに、腸内細菌と自己免疫の病気の関係を、できるだけかみ砕いて紹介します。
無菌のネズミは、免疫がうまく育たなかった
腸内細菌がどれほど大事か。
それがよく分かる実験があります。
生まれてから一度も細菌にふれたことのない「無菌ネズミ」を使った実験です。
無菌のネズミを調べると、免疫細胞の数が足りていなかったり、うまく働けていなかったりすることが分かりました。
腸を守る抗体(IgAというもの)を作る力も弱くなっていました。
血液の中で細菌と戦う「好中球」という兵隊役の細胞も、数が少なくなっていました。
たとえるなら、腸内細菌は体の中にある「軍隊」を鍛える教官のような存在です。
教官がいないまま育った兵隊は、数もそろわず、実戦でもうまく戦えません。
無菌のネズミの免疫は、まさにそういう状態だったのです。
腸内細菌は、免疫の「配属先」を決めている
免疫の中心で働く「CD4T細胞」という細胞があります。
この細胞は、生まれたときはまだ「新人」で、どんな役割につくかが決まっていません。
新人のCD4T細胞は、大きく4つの部署に配属されます。
- Th1:体の中に侵入した細菌やウイルスと戦う部署
- Th2:寄生虫をやっつける部署
- Th17:感染を防ぐ部署。ただし働きすぎると自分の体を攻撃してしまう
- Treg:免疫全体にブレーキをかけ、暴走を止める部署

驚くことに、この「配属先」を決めているのが、お腹の中にいる腸内細菌なのです。
たとえば「バクテロイデス・フラジリス」という菌がいると、Th1への配属が増えます。
さらにこの菌は、Tregという「ブレーキ役」を強める働きもあることが分かっています。
一方、「分節性糸状菌(SFB)」という菌がいると、Th17への配属が増えることも分かっています。
つまり、お腹の中にどんな菌がいるかによって、免疫の”人事配置”がまるごと変わってしまうということです。
これはかなり驚きの発見ではないでしょうか。
腸内細菌のバランスが崩れると、自己免疫の病気が変わる
この論文では、無菌のネズミを使った実験の結果を、病気ごとに整理しています。

炎症性腸疾患、関節リウマチ、多発性硬化症。
これらの病気のモデルでは、無菌のネズミの方が症状が軽い、もしくはそもそも発症しないケースが多く見られました。
これはつまり、腸内細菌がいることによって、逆に病気が悪化する方向に働いていた、ということです。
免疫を鍛えてくれるはずの先生が、時にはやりすぎて、自分の生徒(自分の体)を傷つけてしまうこともある。
そんなイメージです。
ところが、1型糖尿病だけは様子が違いました。
無菌のネズミの方が、むしろ糖尿病を発症しやすかったのです。
さらに、メスのネズミにあらかじめ「SFB」という菌を住まわせておくと、糖尿病になりにくくなることも報告されています。
腸内細菌は、ときに免疫の暴走を後押しし、ときに逆に守ってくれる。
病気によって、まったく違う顔を見せるのです。
なお、APECEDという遺伝性の病気や、全身性エリテマトーデスの一部のタイプ、自己免疫性胃炎については、腸内細菌がいてもいなくても症状に差がありませんでした。
こうした病気は、生まれ持った遺伝子の影響がとても強く、腸内細菌の出番があまりないのだと考えられます。
腸の出来事が、遠く離れた関節にまで届く
もうひとつ、驚きの発見を紹介します。
関節リウマチのモデルとなるネズミを使った実験です。
腸の中に「SFB」という菌が住みつくと、腸の壁でTh17という部署の細胞が増えます。
このTh17細胞は、そのまま腸にとどまらず、血の流れに乗って全身のリンパ組織まで旅をします。
そしてリンパ組織にたどり着いたTh17細胞が、B細胞という別の免疫細胞に指令を出し、自分の体を攻撃してしまう「自己抗体」が作られてしまいます。
この自己抗体が血液に乗って関節まで運ばれ、関節の炎症を引き起こすのです。
たとえるなら、腸の中で起きた小さな火種が、体という一つの町の中を巡り巡って、遠く離れた関節という建物にまで燃え広がるようなものです。
腸と全身は、思っている以上に一本の道でつながっているのです。
毎日の生活が、腸内細菌の”顔ぶれ”を変えている
この論文では、腸内細菌の構成を左右する日常の要因についても触れられています。
食物繊維が多い食事から、脂肪や糖分の多い食事に切り替えると、なんとたった1日で腸内細菌の構成が変わってしまったという報告があります。
また、繊維質が多く脂肪やたんぱく質が少ない食生活を送るアフリカの子どもたちは、欧米型の食事をとる子どもたちに比べて、炎症を抑える働きを持つ物質(短鎖脂肪酸)を多く作る腸内細菌を持っていたことも紹介されています。
出産の方法(自然分娩か帝王切開か)や、母乳か人工乳かという乳児期の栄養方法、抗生物質を使った経験も、腸内細菌の顔ぶれに長く影響することが分かっています。
抗生物質を使うと、ビフィズス菌のような働き者の菌が減り、本来は少数派だったはずの菌が増えすぎてしまうこともあるのです。
これはヒトだけの話ではありません。
無菌豚を使った研究でも、腸内細菌の有無が腸の免疫細胞の育ち方に影響することが確認されています。
抗生物質にできるだけ頼らない、いわゆる無投薬での養豚。
腸の状態を重視したJRA出走馬のコンディション管理。
こうした現場で「腸を整えることが、体全体の健康につながる」という考え方が広がっているのも、こうした基礎研究の積み重ねがあってこそなのです。
まとめ:腸内細菌は、諸刃の剣を扱う先生
この論文が教えてくれることは、シンプルにまとめるとこうなります。
- 腸内細菌がいないと、免疫はうまく育たない
- どんな菌がお腹にいるかで、免疫細胞の”配属先”が変わる
- 炎症性腸疾患や関節リウマチ、多発性硬化症では、腸内細菌が病気を悪化させる方向に働きやすい
- ただし1型糖尿病では逆に、腸内細菌が守ってくれる例外もある
- 食事、出産方法、授乳方法、抗生物質の使用など、日々の選択が腸内細菌の顔ぶれを通じて、長い目で見た免疫の健康を左右する
一種類の菌に頼るのではなく、いろいろな菌が仲良く共生している、バランスの取れた腸内細菌叢を保つこと。
これはヒトにとっても、豚や牛、競走馬といった動物にとっても、免疫の健康を支える共通の土台なのかもしれません。
出典:Wu HJ, Wu E. “The role of gut microbiota in immune homeostasis and autoimmunity.” Gut Microbes 2012; 3(1):4-14.